A way of thinking

筆者個人の思考過程です。意見には個人差があります。

Matsuzaki, K., 2011. Validation trial of Japan's zinc water quality standard for aquatic life using field data. Ecotoxicology and Environmental Safety In Press, Corrected Proof.

国環研の松崎さんの論文がオンラインで公開されていました*1。雑多なメモです。最初に注意事項。ボクの今までの研究は亜鉛と底生動物に関するもので,この論文と似たところがあります。ただ,その研究成果から示唆したことは,底生動物の種数の保護という観点からすると,亜鉛の基準値はoverprotectiveではないかということです。この成果を国環研で発表したときにも,松崎さんから手厳しい意見を頂きましたが,松崎さんはこの基準を作った側の方です。以下のボクの感想は,できるだけ先入観なしに書いているつもりですが,やはり「ケチをつけてしまう」方向にある程度偏ってしまっていると思います。

  • 要旨の結論は,「有意な減少が観測された濃度をthe effect level of biocenosis(ELB)と定義して*2,その濃度を藻類と底生動物の調査から推定すると,16-54μg/L(他の重金属の相加影響を考えると,38-50μg/L)となって,環境基準と同レベルだった。」という感じ。有意な影響が観測されたレベルなので,なんとも言えない気もしますが,とりあえず,保留。
  • データソースは環境省の調査で,3つほど論文で挙げられている。
  • 非汚染地点が,近くの河川にとられている河川が9河川のうち2河川。ただ,濃度が低い地点が同じ河川内にあれば良いと思うけど,生データは載ってないのは厳密には追えませんでした。
  • サンプリングは春と秋(または冬)の2回。多様度指数も計算している。
  • 重金属の複合影響についても,Clementsさんが提案したCCUの似た感じで*3,参照値をつくって,それで割って亜鉛濃度に換算する方法で考慮。
    • 今のところこういう方法しかないんだけど,この参照値の精度に結果が依存するので,ボクはあまり好きではないです。まぁでも"とりあえず"複合影響を考慮するという観点ではこういう方法は"とりあえず"アリだと思います。
  • 正規性の問題は,ノンパラメトリックで回避できると思うけど,等分散性の問題が残る(例えば,ここ)。データを見る限り,等分散が保たれていないが場合は少なくないと思われる。
  • 有意水準は0.01。0.05にすると結果はどうなるのか?状況的にELBとして提示されている濃度はより低くなると思います。
    • 後,細かいですが,ノンパラメトリックな検定を繰り返して有意差(p<0.01)が初めて出てくる濃度を探しているのですが,こんなに検定を繰り返して有意水準の補正みたいなのはしなくて良いのかと思ってしまう(補正をしないということは,有意差が出やすくなるので,安全側ではある)。
  • 藻類でシングルピークの応答が見られたとあるが,特定の属が優占的になったのでという説明は対応していない気がする。
  • このばらついた結果及び複合影響を考慮していない結果*4から,安全係数10は掛けるべきという議論は無理があるように感じる(Fig.3の上の文あたり)。
  • 硬度の影響はないとされていたのですが,どう判断したかの詳細は記載なし。おそらく硬度と重金属濃度は相関しているので*5,厳密にこう言うには難しいと思われるのですが。。
  • 藻類も底生動物もそうですが,亜鉛濃度が低いのに,同程度の濃度の他の地点に比べて種数が低かったり,多様性が低かったりする地点がある。この理由をもっときちんと考慮あるいは説明してほしかった。例えば,地域による種数の違いとかはないのか?とか,他の水質要因がきいていたりしないのか*6?とか。これをきちんと考慮しないとELBは逆に過大評価されてしまう。逆に亜鉛濃度が高いところでこういう地点がある場合は,過少評価をしてしまう。

とりあえずの印象は,よくここまでまとめたなぁと思います*7。解析の方法論自体は,おそらく誰もこういう手法を使ってないのでおもしろいのですが,統計的有意差に頼りすぎな感じ(例えば,統計学的な有意性検定の意味のなさ)がします。しかし,他人の野外のデータ解析結果のもっともらしさを判断するのは難しいですね。ボク自身はこういう野外データはどんどん出てきて,様々な議論が行われる方が良いように思います。

*1:Clements et al. 2000を引用した論文は追うようにしている

*2:biocenosisはおそらく生物群集という意味だと思いますが,ボクは初めて聞きました。どっか特定の分野で使われてたりするのかな。Wikipediaによると,biotic community, biological community, ecological communityとかと同じ意味のよう

*3:単に割ったもののを総和をとるか,亜鉛濃度に換算するかの違い

*4:複合影響を考慮した場合としていない場合の2つでELBを計算していて,この議論があるのは考慮していない結果のところ

*5:排水処理されていない地点は硬度はそんなに高くならないと思うけど

*6:実際にBODが4.4mg/Lの地点もあるようですし

*7:すみません。上から目線ではありません。