A way of thinking

筆者個人の思考過程です。意見には個人差があります。

身体と言葉

身体(ことば)と言葉(からだ)?舞台に立つために 山縣太一の「演劇」メソッド

身体(ことば)と言葉(からだ)?舞台に立つために 山縣太一の「演劇」メソッド

往来堂で予約して買った山縣太一さんの本。最後の戯曲*1を除いて読み終わっていたのだけど,今更ながら読了メモ。演劇は特に知識があるわけでもなく,コンテンポラリー?的な訳の分からないのが好きなだけで,別に詳しいこともなんもいえないのですが,

「アドリブ」の演技が入ってくる余地はありません。

とあるように,オフィスマウンテンの演劇とかまさにアドリブって?感じもあるのですが,「相当すごく錬っているんだな」というのが強い印象として残りました*2。自分の文脈に載せるとすると,学会発表とかかなと思うのですが*3,個人的には以下のことばたちが気になりました*4

  • 自分の身体が意識しないまま多くの情報を発信していること
  • 厳密にコントロールすることは不可能な,不安定な,不安なものです。しかし,そうした不安定さにこそ固有性は宿ります。
  • 「異常事態」を「そうではない」ものとして作業を進めようとすることは,嘘です。
  • 「見られていて緊張していますけど,やります」
  • 生きて死ぬという,一回切りの身体を持っている俳優が,毎回異なった環境において,「同じ作品」を繰り返し立ち上げるというフィクションの方に,「芸術」としての演劇の魅力を感じています。
  • 「反復」という構造はその素材に関する受け取り手の解像度を上げてくれます。

なんというか謙虚ででも筋の通ったかつストレートで熱いメッセージが詰まっています。最後の戯曲も,単に声を出して読んだりすると結構楽しい。ちょっとちょっと手をとめて話を聞いてくれる?

*1:演劇の台本のこと

*2:このあたり自分の想像を超えるのでよく理解できていないというのが正直なところです

*3:ただ,演劇のように複数回は行われないし,練習量もたかが知れていますし,一緒にするなよと言われそうです

*4:他にもあるのですがとりあえず抜粋

Sumpter, J.P., 2009. Protecting aquatic organisms from chemicals: the harsh realities. Philosophical Transactions of the Royal Society A: Mathematical, Physical and Engineering Sciences 367, 3877-3894.

ボクの推し研究者Sumpter先生のエッセイ。ボクが環境毒性学会誌に意見論文を書くような感じだろうか。エッセイ的で,ざっくりいうと曝露も有害性ももう分からないこと多すぎるよね,
環境的に妥当なecotoxicologyを遂行するのはめちゃくちゃチャレンジングだよね,という話。個人的には目新しいことはなかったけど,バランスのとれているよいエッセイじゃないかなと思います。こそっと書いてあるこのあたりとかも,ずっとEndocrine disrupting chemicalsを研究してきたSumpterさんが言うとちょっと深みがある。

old-fashioned’, unsexy chemicals may be having a greater adverse effect on aquatic biodiversity than those organic chemicals receiving a lot of attention from scientists currently,

カナダの下水処理水とその影響

Holeton, C., Chambers, P.A., Grace, L., 2011. Wastewater release and its impacts on Canadian waters. Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences 68, 1836-1859.

リサゲか何かで偶然見つけた論文(レビュー的なパースペクティブ論文)。こういう話がFisheriesな雑誌に載るというのも面白いなぁと思う。こういう論文があると,研究している側も重要性を主張できてよさそうな感じ。ただ,基本的には,カナダ全土の下水処理の現状と化学物質の濃度の話で,具体的な影響の話はほとんどないのはちょっと残念。鉱山管理のガイダンスでも出てきた記憶があるけど,環境影響評価の文脈でカナダはFisheries Actの役割が大きそうな印象。

環ROY「なぎ」

なぎ

なぎ

最近ずっと聴いている1枚。息子が入院してしまい,付き添い中に時間があるので,ちょっと更新。

LAS濃度が高い河川地点はどんなところか?

岩崎雄一, 本田大士, 西岡亨, 石川百合子 山根雅之 (2019) LAS濃度が高い河川地点はどんな特徴があるか?:水生生物保全を目的とした水環境管理への示唆. 水環境学会誌 42:201-206. doi: 10.2965/jswe.42.201

環境学会に掲載された自分の論文を久々に紹介したいと思います。タイトルの通りで,LAS*1濃度が高い地点ってどんな特徴があるのか,というのを,水面幅(河川規模の指標),周辺の土地利用,BODの程度という観点から調べてみました。という感じです。「おわりに」を読んで頂ければ伝えたいことは伝わるかなとも思うのですが,要は,LAS濃度が高い地点は低い地点に比べて,

  1. 蛇行等によって水面幅が自然に大きく変化する河川ではなく,水面幅の変化が少ない(河道が固定化された)小規模の河川に割合として多くみられること
  2. 周辺に森林や農地が少なく,住宅地や市街地が密集する都市域により多くみられること
  3. BOD が高く有機汚濁が進行した河川に割合として多くみられること

が示唆されました。LASの主な利用用途が洗剤であることを考えると別に驚くべきことではないのですが,これ管理を考えたときにどんな意味を持つかは,是非「おわりに」を読んで頂ければと思います(是非読んで下さい。大事なのでもう一回いいます)。他に言いたいことは,査読がめちゃくちゃ大変だったこと*2Google Earthで川幅を測る作業は原始的でなんか夏休みの自由研究しているみたいでした*3Google Earthで川幅測れるやん!って思いつきで始めた研究で,地味で国内誌のノートではあるのですが,個人的には思い入れの大きい魂の籠もった1本になったと思います。

*1:界面活性剤の一種

*2:かなり辛辣なコメントがあったのですが,臆せずかなり攻めました。一方でそういうコメントから学んで本文を修正したことで良くなった点も少なくないとは思います

*3:でも,もう300地点近くは見たくない笑

Effect-based assessment

De Baat, M. L., Kraak M. H. S., Van der Oost R., De Voogt P., Verdonschot P. F. M., 2019. Effect-based nationwide surface water quality assessment to identify ecotoxicological risks. Water Research 159, 434-443. <<

SETAC Helsinkiで話したMiloさんの論文。環境水を用いた影響(毒性)に基づく評価って,古くからあるのに,Water Researchとか載るのかぁと思ったけど,思った以上に大々的に色んな影響を測定している。個人的につっこみたいところはあるのですが,研究ベースでこういう検討がされるのは悪くないと思います。Miloさんのイントロで書いているけど*1,Effect-basedの利点は,環境水の総体としての毒性を調べられること。個別の物質測定では漏れる物質が影響を及ぼしている場合も(理想的には)捉えられる。一方で(水質測定は別途やっていそうだけど)この論文では,水質のデータはないので,個別の物質濃度測定の評価とこの評価どう異なるか?という点は不明瞭。地点毎のリスクレベルのランキングとかできるって書いてあるけど,それは水質測定でもできる。面白いのは,それと結果がどれくらい変わるかとかじゃないかなぁと思ったり。あとは,実際の野外影響とのリンクもこの論文では検証されてない。余談的だけど,Miloさんは面白い感じの人で,この論文も分かりやすくよく書けていると思った*2
個人的には,Effect-based trigger values (EBTs)というのが推定されているというのを知れて良かった。あ,あと一つのミソは,Passive samplerで現地で吸着させて,それを溶出させて(たぶん)曝露させているところか。

*1:この論文のイントロ結構綺麗に書かれていてよい

*2:ひとまずこのあたりの感想をメールで送ってみようかなと思う。

指標生物関係

浦部美佐子, 石川俊之, 片野泉, 石田裕子, 野崎健太郎, 吉冨友恭, 2018. 大学生アンケートによる水質指標生物の教育効果の検討. 陸水学雑誌 79, 1-18.

オンラインでフリーで読めます。結構痛烈な批判をされているけど,確かに学習や教育という面で指標生物をどう扱うかは難しいなと思いました。生物が水質の指標になるというのは,未だ魅力的なことだけど,ばしっと言い切るには難しいことも多く…。因果の話とかを突き詰めるともっと体系的な質問が必要だとも思うけど,個人的には指標生物の学習によって,環境への興味を喚起されたというのは救われる結果だなぁと思いました。以下の指摘も文章としては初めてみたように思う。

現在の日本では,化学的な水質モニタリングが技術的に容易になったこともあり,もともと判定のあいまいさを含む指標生物が水質研究の主要な手法として採用されることはほとんどなく,大部分が教育・啓発を目的として実施されていると思われる。このように,指標生物による水質判定は,今日では「水質の簡易判定」という本来の目的はほぼ失ったと言えるが(後略)

大垣俊一, 2008. 指標生物の論理. 日本ベントス学会誌 63, 56-63.

浦部さんの論文で引用されていた論文。こういう議論がオープンにされているのは有り難いことだなと思う。ポイントとしては以下。ただ,批判はしつつ,総じて前向きな展開を考えていると理解しました。

  • 指標生物は帰納である
    • 帰納的に指標生物は選定しているので,使用したデータの外側に適用すると,役に立たなかったり,そもそも適用不可の範囲が不明。
  • 指標生物は後件肯定である
    • いわゆる因果の話と理解。その種がそこにいたとしても特定の原因でそうなっている,と議論するのは難しい。
  • 指標生物は循環論である。
    • この点はちょっと指標生物の作成の仕方なんかに依存して変わりそうで,いまいちピンと来なかった。ただ,なんとなくの危険性は理解できる*1

*1:深く理解してないです