A way of thinking

筆者個人の思考過程です。意見には個人差があります。

河川生態学の書評

河川生態学 (KS自然科学書ピ-ス)

河川生態学 (KS自然科学書ピ-ス)

2月くらいに某学会のニュースレター用に書評を書いたのですがまだ掲載されていないので*1,あまり時間が経ってもアレなので,掲載されるまで以下に置いておきます。河川生態学に興味がある方にはとてもお薦めです。東工大の時に輪読をしたのですが,それに参加された境さん梁さんとの連名執筆です。

書評
川那部浩哉・水野信彦監修 中村太士編(2013)「河川生態学講談社 356pp.ISBN:9784061552326 定価 5800円(税別)


 本書は,書評執筆者らが生まれるほぼ10年前の1972年に刊行された「河川の生態学」(沼田真監修 水野信彦・御勢久右衛門著:以下,簡単のため“前作”と呼ぶことにする)の大幅改訂版である(前作も補訂を重ねていた)。「おわりに」にある水野さんの“改訂を怠ったために,内容が古くなりすぎ,10年ほど前に御勢先生と相談して,絶版にしていた”という真摯な語りに加え,「監修者の言葉」にある“(中村さんの)仕事ぶりに感激した2人(補足:川那部さんと水野さん)は,「見事な監修者を選んだ」などと,自画自賛したものである”といった記述を読むと,これらの本には歴代の魂がこもっているなぁと,面識もないのになぜか目頭が熱くなりました。
 話がそれてしまいましたが,総評として,河川生態学の全体像を眺めるための大変良い教科書で,この分野に興味を持つ皆さんにとてもお勧めです(ただ,少し値が張ります)。大事なので,繰り返します。大変オススメです。大作ですので,通して読むのが辛い方は,必要な部分を掻い摘んで読んだり,辞書的に使ったり,あるいは研究室の輪読本にしてもいいように思います。
 大きな章立てとしては(括弧内は抽出したキーワード),?河川環境について(水文,水理,地形),?河川における物質の流れ(有機物,栄養塩),?河川生物の生態(付着藻類,底生無脊椎動物,魚類などの各分類群),?川の生物多様性を支える仕組み(攪乱,ネットワーク,生態系間相互作用),?河川生態系を脅かす課題と今後の展望(ダム,外来種,復元)となっています。底生生物(本作でいう,底生無脊椎動物)及び魚類の生態学的研究と題した章が8割以上の頁を占める前作とは,取り扱う範囲が大きく広がった事は一目瞭然です。ただし,本作で割愛されている内容もあり(例えば,調査方法の具体的内容),前作と重複する内容の部分を読み比べるのも一興です。また,全体として,個別研究の紹介というよりは,総説的な内容(既往の研究成果からまとめられるより普遍的な知見)の紹介に移行してきており,より教科書的に仕上がっているように思います(そういう意味でも,生データの多い前作を読む価値はまだまだあるように思います)。この点について,1つだけコメントを残すとすれば,執筆者自身の研究成果に偏っている節や分量的に少し物足りない節もあるように感じました。
 これだけの網羅的な内容を有する本書ですので,以下では,3人の書評執筆者が独断と偏見で取捨選択した感想を1段落ごとに書き記したいと思います。
 岩崎から。まず,ボクも含めて(おそらく)多くの河川生態学者が得意としない(が大事な),水文学・水理学の話が最初にあるのが良いです。ちなみに,余談ですが,現在の河川生態学におけるメジャー度から考えると驚くべきことに,前作には付着藻類だけを取り扱った章節はありませんでした。また,河川間隙水域(4.3)や河川をネットワークとして捉える考え方(4.6)などの節は個人的に目新しく楽しく読ませて頂きました。最後に,前作では底生生物及び魚類の両章に含まれていた水質汚染の生物影響に関連した記述が本作にはほとんどないのは,少し淋しい気もしました。が,当時と比較して水質が大きく改善されていることを鑑みれば,現況が反映されているといえるのかもしれません(水質を問題にする必要はないという意味ではないです)。
 境からです。河川に見られる様々なつながり(上―下流、地下水―表層水、陸域―水域)から河川生態系を捉える,学際的な視点の重要性を学ぶことができる一冊だと思いました。本書では,これまでに集積した研究成果が丁寧に解説された上で,河川生態系管理の課題と展望へと続いており,読み終えた後のワクワク感が大変心地よいです。その一方で,各種河川復元事業の結果から新たに集積していく学術的成果が,数年後,数十年後の河川生態学にどう活かされていくのかについてその展望も知りたくなりました。また,本書評執筆者それぞれが異なる専門でありながらも,この本を通じて意見交換できたのも,網羅的に河川生態学を記した本書の凄さを物語っているのでは,と感じています。河川に携わる人間も,河川生態学のように網目状につながっていきたいですね!
 梁です。僕は水文・土木学を専門としており,生態学に関する知識はほとんど皆無ですが,全編を通して非常に分かりやすく,終始ワクワクしながら読むことができました。水文と生態学をつなぐ流量の多様性(4.1-3)も体系的に紹介されています。網羅的な生態知識を簡潔かつ専門的に学べた上に,河川生態に鳥類(3.6)まで入ってくるのか!と目からウロコでした。土木工学が進めてきた河川改修(5.1),これは経済発展,効率的水資源利用や安全性の確保のための涙ぐましい努力であり、先人を否定する気は毛頭ありませんが,環境問題が叫ばれている昨今,河川土木に従事する人にとっても必読書,となりうる一冊ではないでしょうか。
 以上,色々と試行錯誤して書いてみましたが,本書評執筆者らはどちらかといえば応用的な視点を持っており(岩崎:生態毒性学(底生動物),境:河川生態学(底生動物),梁:水文学),この書評にも偏りや抜けている視点があるように思います。是非,他の専門分野の方(例えば,河川生物を研究題材にしている行動生態学者)からの評価も聞いてみたいものです。とりとめもない提案としては,関連学会などで,記述が足りない部分などの課題を公開で議論できる機会があるとおもしろいかもなぁと思いました。
 おしまいに,何を隠そう,編者の中村さんが本書の最初によせている「序文」が本書の全体像とその意図を包括的にかつ簡潔に説明しています。全体の内容を手っ取り早く知ってもらうためにもこの文章はウェブサイト等に公開されるべきだと思いますし,本書に興味をお持ちの皆さまは我々の書評などよりもまずそれを読むべきである(と,元も子もないことを述べてこの書評を締めくくりたい)。


東京工業大学 岩崎雄一・梁政寛,東京農工大学 境優)

*1:変な意味はありません!