A way of thinking

筆者個人の思考過程です。意見には個人差があります。

河川水生昆虫の金属に対する感受性比較

Yuichi Iwasaki, Travis Schmidt, William H. Clements (2018) Quantifying differences in responses of aquatic insects to trace metal exposure in field studies and short-term stream mesocosm experiments. Environmental Science & Technology

最近でいうと最も魂が籠もった,出したいと思っていた論文がやっと出ました*1。日本だと2015年に生態学会にポスター発表して,環境毒性学会で口頭発表した内容です。研究内容は至ってシンプル(ある種古典的)で,Travisがやった野外底生動物調査データとWillがやってきたメソコスム実験のデータを使って,金属濃度が水生昆虫(科レベル)の個体数を分位点回帰でモデリングして,その結果から水生昆虫の科レベルの感受性を比較したものです。これ,ボク自身は2つ価値があると思っていて,一つは,

  • 野外調査データから推定された定量的な影響指標を用いて,科レベルの金属に対する感受性を比較したこと

です。「なんだ,そんな当たり前なこと」と言われそうですが,科レベルの感受性について考察できる個別の調査結果はありましたが*2,比較的大規模な調査から定量的に推定したものはありませんでした。例えば,金属ではなく水質一般(いわゆる汚濁)の話ですが,日本でいうと環境省が公開している「水生生物による水質評価法マニュアル-日本版平均スコア法-」も同様の科レベルで評価するシステムを提案していますが,科に割り当てられているスコア*3は,専門家による判断です*4。ということで,金属についても実は経験的なもの以外,科レベルの感受性についてのまとまった知見はなく,この研究がその第一号かなと思っています。「科」レベルで評価していることや「金属」をひとまとめにしていることなど課題はまだありますが,ひとまず金属の野外影響を考える上で,よいベースラインができたかなと思っています。調査結果自体はアメリカのコロラド州での結果なので,他地域に広げるには多少注意が必要ですが,大枠な傾向はそんなに変わらないのではないかなと思っています。

  • メソコスムと野外データで比較して,違い観察されたこと

もう一つは,野外調査データに加えてメソコスム実験の結果も解析に加え,それら各系の中で科レベルの感受性を推定し,感受性ランクを両データ間で比較したことです。これもこの分野に詳しい人しかわからないことではあるのですが,水生昆虫に対する金属の毒性は室内試験データと野外データにおけるギャップが大きいことが知られています*5。この問題に直接答えたわけではないので,前置きはこのあたりにしておきます。今回の結果の典型的な例としては,野外データではヒラタカゲロウ科が「弱く」,コカゲロウ科が「強い」ことがこの研究からも過去の研究からも言えるのですが,メソコスム試験結果を解析すると逆の傾向が見えました。この理由(の考察)については,本文を読んで頂ければと思いますが,いずれにしても対象とする時空間スケールによって「感受性*6」とその大小関係が異なるのは,リスク評価においても結構重要な結果ではないかと思います*7


この研究を出せた個人的な価値はもう一つあって。「許容可能な濃度」を推定するというのは「価値」にも左右されるある種の危うい課題であって*8,長期的に息の長い研究かというと,ちょっと違うだろうなぁとも思っています。なので,もうちょっと基礎的な理解に繋がる(少しは息の長い)研究も平行してやっていきたいと思っていて,この研究はその中でも大きな成果の一つかなと思っています*9。いずれにしても,結構思い入れのある論文になりました*10。ある一定数までこちらからフリーで落手できるようですが,メール頂ければ喜んでPDFお送りいたします。

*1:ので,ここでプレスリリース!

*2:例えば野外調査だと,コカゲロウ科はどこでもいるけど,ヒラタカゲロウ科は比較的金属濃度が高いところでいなくなる

*3:感受性と相関していると言っても良いもの:ただ少し複雑

*4:これを個人的に定量的に評価できる調査データは存在していると思っています。

*5:別の機会に書いたような気がしますが,CSUに居たときにCDWのSteveは(短期の毒性試験を想定しているのだと思いますが)金属では水生昆虫は○せないとすら言っていました

*6:と考えると,この定義もかなり曖昧なものであることが分かります

*7:実質的にどういう問題があるかはまた別問題で調べないといけないとは思いますが

*8:なので好きというのもあるのですが

*9:全然基礎的やないやん!という突っ込みもありそうですが

*10:実質的には,USGSの内部レビューに苦戦して,ここまでが遅くなったというのもあります。。ES&Tの査読はいつもとても早くて素晴らしいと思う